・むかし Venceslas Kruta が前 4 世紀前半に作られた Casque d'Amfreville についての論文でその兜を「問題群の収斂点」としていた (Kruta 1973)。
・それを承けさらに敷衍して私は Casa dei Dioscuri に描かれていた Andromeda/Perseus がそれまでの Andromeda/Perseus の造形表現すべての収斂点・凝縮点でありかつその後の表現すべての出発点となったことを示した (Hada 1993)。
・『源氏物語』も同様に、いやそれらよりも遙かに大規模に、それまでの日本文化の収斂点でありその後の文化作品すべての出発点となり典拠となった。阿仏尼『うたたね』の講読をラジオで聴いていて改めてそのことを思い知らされる(島内景二「古典講読」2023.4~)。
・Eikones についても同じことが言える。すなわちこの ekphraseis にはそれまでのギリシア絵画と文学の伝統すべてが収斂し凝縮されている。そのことを註解を通して示す。